設計コンセプトConcept

高齢者

工事費上昇の中で、特養計画をどのように進めるか

砂山 憲一

工事費の上昇は福祉系施設の新築や改修に大きな影響を与えています。 建築工事のコストはこれまでも計画時での重要なテーマでした。 しかし最近の工事費の値上がりは、計画自体をあきらめるかどうかの判断をするところまで来ています。

1. 事業計画の変更

 計画を進めていた特養案件のうち、1件が建て替えをあきらめるかどうかというところまで来ました。 予算段階では坪単価120万円で進めていましたが、この一年の状況を見ると鉄骨造で坪150万円を超えることが予想され、事業計画を見直すことになりました。 特養と養護の全面建て替えを計画したのですが、養護は既存建物の改修とし、特養のみを建て替えることにしました。 このように、工事費の上昇は事業計画そのものの見直しになる場合も出てきています。

2.工事費の推移 地方も上昇

 これまでの特養設計は、事業者の予算と、設計者の概算見積もりはそれほど開きはなく設計過程で、建物仕様を調整することでほぼ対応できました。
 ところが最近のコスト上昇にはこれらの検討で対応できない場合も出てきています。コスト上昇は都会だけでなく、地方でも同じように起こっています。
 【表1】は四国の案件を検討するために作成した四国高松市のコスト上昇のグラフです。 2015年を100としてありますが、2021年までの6年間で107程度の上昇です。ところが2021年から2024年では140近くまで上昇しています。3年間で3割程度の上昇です。 10年前に坪100万円程度でできた建物が、現在は坪150万円程度かかるという感覚を私も持っています。 事業者側として、ある程度の予算をあげることは考えてもらっていますが、それも限度があります。

【表 1】コスト上昇のグラフ

3. 福祉施設のコストを決める要素は何か

①面積
 コストにかかわる最大の要因は計画を実現するための建築の面積です。ユニット型特養のユニット面積はゆう設計の事例でも施設によって大きく異なっています。【表2】は10年ほど前に作成したゆう設計の設計事例のユニット面積を比較した資料です。このように工事費がそれほど問題になっていない時でも、面積に関しては注意深く検討してきました。

 当時は最初から面積を減らそうとしたことはなく、利用者の暮らしかたや介護の方法によって計画された計画が、結果として建築の面積が異なってきた だけです。計画のなかには敷地面積が狭く、ユニットの面積が狭くなった例もあります。(表2のE)
【表2】の例では、同じ定員(10名)でも、面積は20%弱違ってきています。定員が同じですから、部屋数 やトイレの数はほぼ同じで、20%そのままの違いにはなりませんが、工事費は10%~15%は違ってきます。

【表 2】ユニット型特養の面積比較表
※1人あたり面積はユニット面積を10で割っています

 現在進めている案件では面積と使いやすさ、介護のしやすさを施設の方と、注意深く打ち合わせしながらプランを決めています。【表3】は検討段階の3種類のプランです。
 従来型特養ですので、完全なユニット型でない1案も可能です。この案では一人当たりの面積は29㎡を切っています。2案は6人単位で住むことを検討した計画です。面積は大きくなっています。3案は浴室を2ユニットの中間部に設置し、介護者が少人数でも対応できるようにしていています。ユニットの規 制を受けることはないので、リビングや廊下の取り方を工夫し、12人で二つのリビングを持つプランとなっています。かつ面積も1人あたり30㎡を切り、最小に近いものです。
 このように、面積を縮小しても、求める生活の仕方や介護の仕方を実現できるプランの検討が重要です。

【表 3】従来型特養のスケッチ段階でのプランと面積比較表

②仕様
 建築の各種仕様もコストに関係します。【表4】は高齢者施設や障害者施設の計画を行う場合の、部屋の壁仕様とコストをゆう設計でまとめたものです。 障害者施設では、利用者の特性によって、1の破壊されにくい壁や6のクッション性のある壁を使用する部屋も多くあります。その場合は、一般の壁に比べて、5倍程度の開きがあることがわかります。 高齢者施設では、ここまでの違いはありませんが、5の遮音壁を全室に使う場合と使わない場 合で、コストが大きく違うことがわかります。
 壁仕様を例としてあげましたが、建具・床でも仕様は多様です。設備仕様も選択は多様にあります。

【表 4】部屋の壁仕様とコスト 2024年5月作成

4. 特性への建築対応でコストは変わる

 特養の計画では、各室は利用者の特性によって変わってきます。障害者施設はその違いは大きいのですが、高齢者施設でも設計内容は変えています。
 特養は介護度3以上の方を対象としますが、自立できている方のグループホームとは当然違いがでます。高齢者施設の設計では、利用者の標準的な特性対応と、個別の対応をどのように行うかが難しい点です。
 【表5】はトイレを身体状況と介護程度に合わせて内容を変え、コストを算出したものです。
このような各部屋の特性対応とコストの比較表は、食堂、浴室なども作成しています。

【表 5】トイレ コスト比較 2024年5月作成

5. 木造の可能性

① 木造と鉄骨造のコストは違うのか
 木造が鉄骨造やRC造に比べて、工事費が安いといわれています。ゆう設計の事例でも【表6】にあるように、2割から3割工事費は安くなっています。小規模な建物では、木造が多いのですが、大規模な場合は木造以外の構造を採用するのが一般的です。木造はコストは低いですが、機能的に鉄骨造に比べて劣る点もあり、規模の大きい建物には採用しませんが、工事費の上昇により、どちらを選ぶか検討する案件も増えてきています。

【表 6】構造別建設コスト

② 大規模木造の問題点 ―床の遮音―
 木造を採用する場合の最大の問題点は、床の遮音が十分ではないという点です。床衝撃音の遮音性能に関しては、コンクリート構造と比較すると各段に低く、木造でコンクリート造と同等の性能を達成するには、コストのかかる過剰な設計になってきます。
 【表7】はコンクリート造と木造の床仕様ごとの遮音性能を比較したものです。 コストも試算していますが、木造の遮音性能を上げていくと、コンクリート造の床コストに近くなります。 特に、全体コストを下げるために木造を選択した場合、床の遮音はコストを見比べながら完全な遮音床を採用できないなかで、どの仕様にするか検討が必要です。 現在進めている2件の特養の中規模案件では、A特養はタイプ2、別の特養は、場所によってタイプ2とタイプ4を使い分けています。

【表 7】遮音床とコスト 2025年8月作成

6. 介護機器の選択

 機械浴などの介護機器の進歩のスピードは、建築のプランの変化に比べて、緩やかなものでした。建築設計と違い、介護機器は開発し新製品を発売すれば、その機器で十分利益を上げるまでは、新たな製品の発売はできないからです。
 10年ほど内容が変わらない介護機器製品も多くありました。機械浴槽分類表の、製品発表年を見るとそのことが良くわかります。
 但し、介護方法の変化はそれほど多くあるものではないので、このような製品で十分役に立つわけですが、この数年は、新製品の発売も続いています。機械浴ではシャワー浴に多くの新製品があります。
 また見守り機器という新しい分野が急速に伸びています。この数年見守り機器は多く開発され、コストも安いものが発売されています。目的に合わせて選ぶことができるようになってきました。

7. 特養設計でコストを考えることは計画を良くすることになる

 特養の建設金額にかかわる項目の説明をしましたが、この内容を変えることによって建設コストを100%コントロールできるわけではありません。
 事業者と設計者が協議して作成した設計図に基づいて、複数の施工業者が積算を行い、各社が入札を行うのが一般的な進め方です。理屈からは、各種の数量は各社ともほぼ一定となるでしょうが、仕事をする人たちの人件費は各社で違いがありますし、各社の経費の計上の仕方も違ってきます。さらに言えば、設計図の見積もり金額の正解があるわけではなく、各施工者がとりたいと思った金額を入れてくるのが、入札です。仕事が少ないところは利益ギ リギリの金額を出すでしょうし、仕事の豊富な施工者は安くはしないでしょう。
 そのような建設工事の原理の下で、いかに望む建物を予算に合わせて建てていけるかが現在の工事費上昇のなかで立ち向かわなければいけないことです。
 コストの視点から建物計画を見直すことは、悪いことではありません。私はむしろ積極的にすべきだと思っています。この作業が、利用者の住み方、介護の方法、などを見直すことになり、それまで行われていた手法を再検討し、良いものは続け、変えることが良いと判断されることは変えていきます。その過程で、他の介護手法や、新しい介護機器、建築計画などを知ることとなり、事業の理念が明確になっていくのを多く見てきました。
 これからの特養設計は、コストを考慮しながら検討しますが、その目的は事業を建築側から見ることによって、住み手には住みやすく、介護者には介護しやすい環境を作りだしていく前向きな行為と言えます。

※記事で使用している各種仕様の金額は見積り状況によって変わる場合があります