設計コンセプトConcept

精神科

新しい精神科病院の紹介 
ー明るく、やさしく、さりげなくー

医療法人 清流会 そよかぜ病院   徳島県徳島市

そよかぜ病院は吉野川の支流鮎喰川と、どっしり横たわる眉山に挟まれた場所にあります。
徳島市内中心部から川沿いの道をいくと、土手下に太陽を浴びてきらきらした建物が見えてきます。
40 年以上前から増改築を繰り返してきた「緑ヶ丘病院」は2018 年、「そよかぜ病院」として名実ともに生まれ変わりました。
患者とその家族、そして働く人々がみな穏やかであってほしい。
目を引く驚きや格好良さよりも、長く居ても飽きない、さりげない明るさとやさしさに包まれているような場所をめざしました。

その人にあった病棟づくり

そよかぜ病院には5 つの病棟(252 床)と老健施設(32 床)があり、既存の南館には精神療養病棟(開放)、この度増築した本館には以下4 つの閉鎖病棟が入っています。
・合併症病棟(男女混合)46 床
・認知症病棟(男女混合)46 床
・男性閉鎖病棟 50 床
・女性閉鎖病棟 50 床
建替以前より、ある程度の病棟分けはされていたのですが、⾼齢化や建物の老朽化などによって様々な症状・身体機能に合わせたソフト+ ハードの対応が難しい状況にありました。

このたびの建替では4 つの病棟の要件を明確にして、その人の状態にあった適当な病棟で⼊院⽣活を送ることが出来るように整備を⾏いました。

東側外観
中央の⽩い部分は2階認知症病棟と3階⼥性閉鎖病棟の⾷堂。近隣への配慮 と安全性のための有孔折板を取付け、窓を置けて換気を⾏うことが出来る

 

認知症病棟

⼊院患者の⾼齢化に伴い、療養病棟に限らず一般閉鎖病棟でも認知症の患者が増えています。条件の良い部屋のニーズがあるため個室を複数⽤意し、レスパイト対応として需要のあるトイレ付の特室を2 室⽤意しました。
病棟内に設けた作業療法室は、移動の負担を減らすと同時に、⾃室・⾷堂以外の居場所となります。広い場所の中にも少人数での作業に適した小さなエリアや、大小さまざまな窓を作るなど変化のある空間とする⼯夫をしています。療法室からつづく庭園では、閉鎖病棟でありながら安全に屋外の⾵にあたり、陽の光を浴びることが出来ます。他の閉鎖病棟からも園芸作業に来られて、この夏はたくさんの野菜が収穫されました。

男性閉鎖病棟/女性閉鎖病棟

50 歳~ 60 歳代を中⼼に(10 代、20 代の⽅も数名)ADLの⾼い⽅が⼊院されます。ほとんどの⽅が統合失調症を患っています。
これらの病棟にはそれぞれ3室ずつ保護室が設けられています。ステーションのカウンターは⾒守りの要素に加え、患者・スタッフの精神的な距離を近づけるためにオープンタイプとしています。乗り越えの対策としては一般的なカウンターよりも⾼めの1.1 mとし、スタッフの数が少なくなる夜間はパイプシャッターを使⽤します。
トイレ・洗⾯は朝に混雑するため台数を多くし、患者同士のトラブルへの対応するためステーションの近くに配置しています。
今後は⾼齢化が進み⼥性患者の割合が増えること、認知症の男性が他病棟へ移動することが⾒込まれます。男性病棟は将来混合病棟となる可能性を踏まえ、トイレは簡単な改修で男⼥別にきるようなレイアウトとしました。

2階認知症病棟 作業療法室に付属する屋上庭園 男性閉鎖病棟 食堂
認知症病棟 特室 認知症病棟 作業療法室

 

合併症病棟

平均年齢が75 歳前後と⾼いうえ、経管栄養・医療ガス・⽣体モニターの使⽤者も多く、ほとんどの⽅が一日をベッドで過ごされています。

ベッド周りの私物は多くないことと、医療機器の設置スペースの確保・ベッドの取りまわしを考慮し、収納は移動が容易な床頭台を使っています。お互いの視線が気にならないようベッド間には小さな袖壁を設けました。ベッドごとに照明の調光スイッチがあり夜間のケアに対応しています。

特浴は仰臥位タイプを採⽤しています。複数の⽅の待機・⼊浴・脱衣・着衣を同時に⾏う必要がありましたが、脱衣室を広く、2 ゾーンに分けて待機・着脱衣の⽅が混在しないようにしました。

合併症病棟 4床室

 

病棟は「暮らしの場」という視点

設計に先立ち行った既存病棟の24 時間調査ではさまざまな課題が見えてきました。
そのうちのひとつが精神科病棟には「暮らしの場」としての視点が不可欠ということです。
閉鎖病棟では許可なく病棟外に出ることはできません。入院患者の中には何十年間も入院されている方もいらっしゃいます。朝から晩まで、春夏秋冬を過ごすことになる病棟を暮らしの場と捉え、3 つの設計方針を掲げました。

 

使う人の気持ちで考える

既存の病棟では⾳の反響がとても気になりました。声や足⾳、⾷器を片付ける⾳、ドアを閉める⾳などさまざまな⾳であふれかえっています。⾳を無くすことはできませんが、響きを抑えることはできます。病棟内の天井は共⽤部・病室も含めて可能な限り吸⾳材を採⽤しました。

男性閉鎖病棟・⼥性閉鎖病棟には、数名が同時に利⽤する大浴場があります。洗い場は隣を気にせず使⽤できるように、おひとりずつ隔て壁を設置しています。

 

トイレに付属する⼿洗いは洗⾯所としても使いますが「トイレで顔を洗う、歯を磨く」という状態は好ましくありません。トイレと洗⾯のエリアを床・壁の⾊、袖壁などで明確にしました。

 

大浴場

トイレと洗面

 

素材は温かみのあるものを

メンテナンス性に配慮しつつ、ベンチや窓枠など随所に天然⽊材を使⽤しています。火災時の排煙のための窓には、人が出ることが出来ないような柵を⽊で造りました。ロープが掛からないように下部が開いている格子状で、すりこ⽊のような丸い棒が並んでいる様子は⽊⼯ならではの柔らかさが際⽴ち⾯⽩い景⾊をつくりました。

保護室の内装にも⽊材をふんだんに使⽤しています。大きな窓には⽊製の堅牢な内窓をつけています。排煙⽤の⾼窓は体が通らない大きさとしつつも、透明なガラス窓からは空の様子を臨むことが出来ます。

廊下など共⽤部の壁素材は耐久性、防汚性、防火性に優れた多彩模様の塗材を採⽤しました。光を吸収し、空間を全体的に柔らかいものにしています。

患者の滞在する場所の照明はほどよく黄味がかった温⽩⾊の電球を使っています。広く長い廊下には⽩⾊の照明も混ぜながら、光による温度感の調整をしています。

保護室の内装 排煙窓に設けられた格子

 

時のうつろいを感じる

今回最も実現したかったのは、時間や空模様・季節の移り変わりを病棟にいながら感じる仕組みづくりです。窓の配置やガラスの種類(透明/ 型板)を近隣住⺠に配慮をしながら検討しました。

廊下の突き当りにある窓は、眺望のためのFIX 窓と通⾵のための引き窓部分で構成されています。開放時の安全性と目隠しを兼ねて穴の開いた覆いを取り付けています。このことは換気対策においても有効でした。4 床室には3 つ窓が並んでいますが、2 つの役割があります。廊下から⼊って正⾯の中央の窓はベッド周りのカーテンを閉めた状態でも外の景⾊がうかがえ、部屋を明るく開放的に⾒せています。左右のベッドに近い窓は開閉操作の容易な引き違いとFIXの2 段窓で、室内にいる患者の落着きと外部に対しての視線を配慮して型板ガラスとしています。

昼と夜、消灯後では必要な照明が異なります。消灯時刻に近づくにつれて明るさを落としていけるように点灯区分を⾏いました。

病室においては、活動的な灯り(起床から夕⾷(18:00)まで)・くつろぎの灯り(消灯1 時間前)・やすらぎの灯り(消灯後)と3 つのシーンを設定して、それに応じた器具や調光スイッチを設けています。

くつろぎの灯りは快適な睡眠導⼊のために視覚と脳にほどよく刺激を与え、やすらぎの灯りはベッドごとのプライベート照明に調光機能を付加し、周囲への配慮とともに、排泄などで点灯が必要となった時の過覚醒を抑えます。

さまざまな理由で長期の⼊院を余儀なくされている人にとって、病棟の環境は⽣活のすべてといっても過言ではないでしょう。治療空間でもあり⽣活の場でもある病院づくりにおいて、設計者にできることは少なくありません。私たちは患者と共にある病院づくりを目指しています。

活動的なあかり
くつろぎのあかり
やすらぎ のあかり

 

外来待合

精神科待合では、程よく他人との距離をとるためのいくつかの⼯夫があります。2 つある診察室の⼊⼝を同一壁⾯に真横に並べるのではなく、それぞれに角度をつけた壁に設けました。待合と真正⾯に向かないようにすることと、出⼊のタイミングが重なった場合の視線を交叉を避けるためです。

そのほか、横並びに座る人同士が微妙に違う⽅向を向くような放射状の待合椅子を採⽤しました。その視線の先には北側に設けられた大きな窓から⼊る安定した光の⾯と、西側のスリットから⼊り込んで壁⾯にバウンスする柔らかな光の対比が⾒られます。テレビは⾒たくない人もいることに配慮して、モニターが強制的に視界に⼊ってこないようなコーナーを設けてそこに設置しました。

もう一つの認知症外来は、精神科とは受付を経て左右に分かれた場所にあります。こじんまりとした専⽤のスペースはアールの壁で包まれ視線をはばかることなく待っていただけるようにしています。

精神科外来待合
床をカーペットにしたことで、⾳を吸収するだけでなく天井照明 の反射がない視覚的にも静かな場所となった