作品紹介Works

病院 / 精神科

ほのぼのホスピタル

設計のテーマ

築30年を迎える川内病院(精神一般216床,徳島市川内町)の移転新築計画。 施主は既存施設の建物・設備だけでなく,機能,イメージの刷新を意図し移転新築を計画された。 設計事務所2社によるコンペの結果,弊社へ設計を依頼していただくこととなった。 病院名を「ほのぼのホスピタル」に変更されることとなり,精神科病院特有の厳しい機能を満たしながら, 入院患者の皆さん・職員の方々ひいては近隣の皆さん対して いかに「ほのぼの」とした環境を創りうるか,という大きなテーマを軸に設計・打合せをすすめた。 1階に外来・精神科デイケア・管理部門・厨房,2・3階に病棟,4階に作業療法室,屋上に軽運動場を配置した。 病棟はすべて閉鎖病棟とし男子病棟・女子病棟・男女混合病棟・高齢者病棟の4病棟で構成される。 保護室は2階に6室設け,3階には設けていない。

敷地と既存病院の特徴

1)敷地について 敷地は鳴門市と徳島市のおおよそ中間,海岸までは3km程度の所に位置する。 国道11号線と国道28号線に挟まれ交通の便はよく,周囲にはサツマイモ畑が点在し人家も少なからず立っている。 今切川と旧吉野川に囲まれた低地であり,近隣では昨年の東日本大震災以降に防災意識の高まりがみられ,本病院が地震時の一時的な災害拠点となること,また周辺の人家に配慮しいわゆる収容施設的に見えない外観の配慮が求められた。 2)病院・患者の特性 昨今では,精神科病院を取り巻く状況が変化し入院患者の早期退院が社会的な要請となる一方で,本病院の入院患者はゆったりとした時間を過ごされ,長期入院をされている方々が大半を占めている。 また,入院患者の平均年齢も年々高くなっていることも本病院の大きな特徴である。 3)24時間調査と分析 設計が一旦終了したのち,既存病院に24時間滞在・調査させていただき,長期入院患者を主とする精神科病院のあり方について再度施主と検討を重ね,設計の一部を変更することとなった。 この調査は入院患者さんに直に触れどのように日常生活を過ごしていらっしゃるか,またどのように過ごしていただきたいか,を考える上で設計者としても大変有意義な経験となった。

閉鎖病棟の合理的な動線

病棟の計画において特筆すべきことにホールを中心とした平面計画がある。病棟階において,エレベーター・階段につながるホールを設け,全ての人がホール通らなければ各病棟へ入ることはできない。閉鎖病棟においてはこのホールは病棟から電気錠によって隔離されている。よって職員・面会の家族が主として利用することとなるが,家族の方が面会に来た際,病棟に入ることなく面会をすることを可能とするため,ホールに面して面会室・多目的室を配置した。面会室は閉鎖病棟で過ごす患者さんにとって外界と触れる重要な場所と捉え,光庭によって自然光の入る部屋とした。また,重篤な患者さんの見舞いに家族の方が来た際にも病棟に入ることなく患者さんの所へ行くことができるよう観察室もホールに面して配置した。  また,保護室に前室を設けることにより救急患者が病棟を通過せずホールより直接保護室へ入ることができる計画とした。

長期入院によって増加する要介護者への対応

長期にわたり入院する患者さんが多く,平均年齢の高いこの病院では,現在では何の不自由もなく生活されていている患者さんも10年後には体が不自由となる可能性が高い。そこで,各病棟に車いすトイレの設置し,廊下には全面に手摺を設けた。それに加えて浴室に大きな特徴がある。2階の浴室を,一般浴室2室から,一般浴室2室と機械浴室に変更できるように壁の位置・出入り口の位置・排水溝の位置などを工夫し,将来介助が必要な方が増えることを想定した計画とした。  福祉施設のように最初から高齢者が住むことが想定されるわけではなく,住宅のように同じ患者さんが同じ場所で生活を続けることが多い精神科病院特有の工夫と言える。

精神科に特有の症状とその対策

トイレの背もたれ:精神科病院において患者さんは睡眠剤やさまざまな精神疾患への投薬により,特に夜間意識がもうろうとした状態でトイレを使用されることが多い。そこで,車いす使用者用のトイレに設けることが多い背もたれを全ての大便器に設置することとした。それによってある程度の勢いで便座へ座っても衝撃を受け止めることができるようになる。   防滑床材の選定:24時間調査をさせていただいた際,慢性期の入院患者さんがコップに給茶をされ,テーブルや自室へお茶の入ったコップを持って行かれる時に,床にお茶をこぼされている場面を散見した。それは精神疾患への投薬により手に震えがあるためであるとのことであった。特に高齢者が多い病棟においてはその水分で転倒事故が起きている例も,別の病院の調査で明らかとなった。それに加え,手の震えにより食事中に食べ物を床へこぼしてしまう患者さんも多く,毎食後モップを使って(床が濡れる)掃除をされていた。そこで,CSR値(滑りやすさを示すJIS規格)を参考に水分が付いた床材で滑りにくいもの(CSR値0.7程度以上)を食堂,廊下において採用した。

スタッフステーションからの見守りーCGによる設計打ち合わせ

スタッフステーションから病棟全体が見渡せ,病棟の雰囲気を感じることができるような病室の配置が施主の強い要望であった。そのためにスタッフステーション内部の配置計画,食堂との間の開口部の形状などを視点を自由に動かせるCG(3D)を用いて丹念に検証した。

長期入院患者の日常生活

24時間の調査を通して痛感したことは,患者さんが食事や作業療法などの目的のある行為をしていない,無目的に過ごされていることが一日の生活の中でかなりの時間を占めていたことであった。そこでは患者さん各々が自由に,他人の存在気にしたくない人は気にせずに,存在を認められる人には認められる居場所が大切であり,また出来るだけ自然の風や光を感じることができる環境が重要と考え,以下の工夫を試みた。

①患者さんの微妙な心情に配慮し,スタッフや他の患者さんからもある程度の死角になる場所へベンチなどを設け病室以外での居場所となることを企図した。また死角となる場所へは監視カメラを設けスタッフステーションから監視できるようにした。 ②閉鎖病棟特有の閉塞感に対し外の空気に触れられるテラスを各病棟に設けた。床を木質の素材で仕上げ落ち着いた雰囲気を演出するとともに,近隣からの視線に配慮し木質のルーバー(たて格子)で適度な目隠しを試みた。また,自傷行為を防ぐ目的で強化ガラス製のスクリーンを床より3mの高さで設置した。

食堂

バルコニー断面

木質ルーバーによる外観の構成

近隣の住民から,入院患者との視線の交錯を嫌う声が上がった。またいわゆる精神科病院の様相の建物として欲しくないとの近隣からの要望は施主の施設に対する要望でもあった。 そこで,外壁面よりせり出した大きなフレームを設け,そのフレームに木質の横ルーバー(横格子)を取り付けることで,窓を柔らかく隠すフィルターの役割を担わせた。そのフィルターは物理的に視線の交錯を和らげるだけでなく,過去の精神科病院に特有の何か冷たい閉鎖的な印象をくずし,街に立つ文教施設のような雰囲気に寄与することとなった。 外壁の窓には視線を遮る半透明のシートを床より1.6mの高さまで貼り,近隣住民との視線の交錯を避けるとともに,病室の天井いっぱいまでの開口を設け入院患者さんからは空が眺められるように配慮した。(文:伊藤健一(元社員))

エントランス

浴室

リハビリ室

夜景

建築主
医療法人 鈴木会
所在地
徳島県板野郡松茂町
用途
精神科病院
構造
鉄筋コンクリート造
階数
地上4階建て
敷地面積
3,800.98㎡
延床面積
7,079.62㎡
竣工年月
平成25年10月
担当者
砂山憲一