設計コンセプトConcept
精神科
精神科医療環境への取り組み 病棟について ①

地域に開放された明るい病院の外観
その人にあった病棟づくり
そよかぜ病院には5 つの病棟(252 床)と老健施設(32 床)があり、既存の南館には精神療養病棟(開放)、新棟(本館)には以下4 つの閉鎖病棟が入っています。
・合併症閉鎖病棟(男女混合)46 床 ・認知症病棟(男女混合)46 床
・男性閉鎖病棟 50 床 ・女性閉鎖病棟 50 床
建替前からある程度の病棟分けはされていたのですが、様々な症状・身体機能に合わせたソフト+ ハードの対応が難しい状況にありました。このたびの建替では4 つの病棟の要件を明確にして、その人にあった適当な病棟で入院生活を送ることが出来るように整備を行いました。
■合併症閉鎖病棟
平均年齢が75 歳前後と高いうえ、経管栄養・医療ガス・生体モニターの使用者も多く、ほとんどの方がベッドで過ごされています。ベッド周りの私物は多くないことと、医療機器の設置スペースの確保・ベッドの取りまわしを考慮し、移動が容易な床頭台を使っています。ベッドで横になっている時間が長いため、お互いの顔が見えないような最小限の袖壁をベッド間に設けました。
特浴は仰臥位タイプを採用しています。複数の方の待機・入浴・脱衣・着衣を同時に行う必要がありましたが、脱衣室を広く、2 ゾーンに分けて待機・着脱衣の方が混在しないようにしました。

■認知症病棟
全体的な入院患者の高齢化に伴い、療養病棟に限らず一般閉鎖病棟でも認知症の患者が増えています。条件の良い部屋のニーズがあるため個室を複数設けてあり、レスパイト対応として特室の需要が高くトイレ付のお部屋を2 室用意しました。
病棟内に設けた作業療法室は、移動の負担を減らすと同時に、自室・食堂以外の居場所となります。広い空間の中にも少人数での作業に適した小さなエリアや、大小さまざまな窓を作るなど空間の変化をもとめた工夫をしています。
作業療法室からつづく庭園では、閉鎖病棟でありながら安全に屋外の風にあたり、陽の光を浴びることが出来ます。この夏はお花のほかにたくさんの野菜が収穫され患者・スタッフでおいしく頂いたそうです。

■男性閉鎖病棟/女性閉鎖病棟
50 歳~ 60 歳代を中心に(10 代、20 代の方も数名)ADLの高い方が入院されます。ほとんどの方が統合失調症を患っています。
特に朝はトイレ・洗面が混雑するため台数を多くし、患者同士のトラブルへの対応をするため、ステーションの近くに配置しています。
高齢化により全体の女性患者の割合が増えること、認知症の男性が他病棟へ移動することが見込まれます。
男性病棟は将来混合病棟となる可能性を踏まえ、トイレは簡単な改修で男女分けができるようなレイアウトとしました。
ステーションのカウンターは患者・スタッフの精神的な距離を近づけるためにオープンタイプとしています。乗り越えの対策としては、一般的なカウンターよりも高めの1.1 mとし、スタッフの数が少なくなる夜間はパイプシャッターを使用します。

女性閉鎖病棟平面図

男性閉鎖病棟 自然光がたっぷりと入る食堂

温かな暮らしの明かりがともる
病棟は暮らしの場という視点
設計に先立ち行った既存病棟の24 時間調査ではさまざまな課題が見えてきました。そのうちのひとつが精神科病棟には「暮らしの場」として視点が不可欠ということです。
閉鎖病棟では許可なく病棟外に出ることはできません。朝から晩まで、人によっては何十年間も病棟のなかで過ごすことになります。病棟を生活空間と捉え、次のような設計方針を掲げました。
■温かみのある素材を使用する
メンテナンス性に配慮しつつ、ベンチや窓枠など随所に天然木材を使用しています。火災時の排煙のための窓には、人が出ることが出来ないような仕掛が必要ですが、それも木製にしました。ロープが引っかからないように下部が開いている格子状で、すりこ木のような丸い棒が並んでいるさまは木工の柔らかさが際立ち面白い景色をつくりました。
保護室の内装にも木材をふんだんに使用しています。大きな開口には堅牢な二重窓を設け、排煙のための高窓は体が通らない大きさとしつつ透明なガラス窓からは空の様子を臨むことが出来ます。廊下など共用部の壁素材は耐久性、防汚性、防火性に優れた多彩模様(砂壁のような)の塗材を採用しました。光を吸収し、空間を全体的に柔らかいものにしています。
患者の滞在する場所の照明はわずかに黄味がかった温白色の電球を使っています。広く長い廊下には白色の照明も混ぜながら、光から感じる温度の調整をしています。

■プライバシーを尊重したプランとする
既存病棟調査では音の反響がとても気になりました。声や足音、食器を片付ける音、ドアを閉める音など、自分以外が発生される音であふれかえっています。音を無くすことはできませんが、響きを抑えることはできます。病棟内の天井は可能な限り吸音材を使用しました。
男性閉鎖病棟、女性閉鎖病棟には、数名が同時利用する大浴場があります。洗い場は隣を気にせず使用できるように、おひとりずつ隔て壁を設置しています。
トイレに付属する手洗いは、洗面所と兼用です。「トイレで顔を洗う、歯を磨く」という感覚とならないように、トイレと洗面のエリアを床の色、袖壁などで明確にわけました。

天然木で仕上られた保護室 天井高さは2 . 9 m

男性閉鎖病棟大浴場
隣を気にせず使用できるよう、一人ずつの隔て板を設置

トイレに付随する手洗いは洗面所としても使用
トイレと洗面のエリア分けを明確にする
■時のうつろいを感じる
今回最も実現したかったのは、時間や空模様・季節の移り変わりを病棟にいながら感じる仕組みづくりです。近隣住民に配慮をしながら窓の配置やガラスの種類(透明/ 型板)を検討しました。廊下の突き当りにある窓は、眺望のためのFIX 窓と通風のための引き窓部分で構成されています。開けた時の安全性と目隠しを兼ねて穴の開いた覆いを取り付けています。コロナ禍における換気でも有効でした。
一般的な4 床室には3 つ窓が並んでいますが、2 つの役割があります。廊下から入って正面の中央の窓は、ベッド周りのカーテンを閉めた状態でも部屋を明るく開放的に見せるためのもので、無目や枠の少ない形状で透明ガラスです。左右のベッドに近い窓は開閉操作の容易な引き違いとFIX の2 段窓で、落ち着きと視線配慮のために型板ガラスとしています。

4床室

日中と夜、消灯後では必要な照明が異なります。21 時の消灯時刻に近づくにつれ明るさを落としていけるように点灯区分を行いました。病室においては、活動的な灯り(起床から夕食(18:00)まで)・くつろぎの灯り(消灯1 時間前)・やすらぎの灯り(消灯後)と3 つのシーンを設定して、それに応じた器具や調光スイッチを設けています。くつろぎの灯りは快適な睡眠導入のために視覚と脳にほどよく刺激を与え、やすらぎの灯りはベッドごとのプライベート照明に調光機能を付加し、周囲への配慮とともに、排泄などで点灯が必要となった時の過覚醒を抑えます。
さまざまな理由で長期の入院を余儀なくされている人にとって、病棟の環境は生活のすべてといっても過言ではないでしょう。治療空間でもあり生活の場でもある病院づくりにおいて、設計者にできることは少なくありません。私たちは患者と共にある病院づくりを目指しています。
※『時空読本No.39』2024年9月発刊 記事