設計コンセプトConcept

障害者

建築を変えることで 支援の変化に対応する

これまでどおりの生活を続けたい。働くことが園生の生きがい、人の役に立ちたい。

社会福祉法人こころみる会 こころみ学園(栃木県足利市)は1969 年(昭和44 年)30 名の知的障害者入所施設としてスタートし、今年で51 年目を迎えます。当時若者であった園生が年齢を重ねて、高齢者となった今でも、この変化に富んだ地形の中で大きな「家族」として働き、暮らしています。

「年をとっても、人の役に立つことが、園生にとってよろこびとなる。各々のできること・役割を持つことで、「家族」としての一員となり、衣食住をともにしていくことが大切である。」

利用者の高齢化・重度化を迎え、どのように支援していくのか。
こころみ学園の答えは、「これまで通りみんなが共に暮らすこと」でした。
これまでの支援を継続するために、建築でできること、建築を変えていくことを共に考えました。

 

「これまでどおり」と「これまでよりも」

 こころみ学園では、敷地が山の斜面である特徴を活かしてぶどう栽培やしいたけ栽培、ワイン醸造、山林の除伐などの作業の場が提供されています。これらの作業を通じて、園生(利用者)同士、さらには地域の人たちとも助け合い、地域になくてはならない施設にしていきたいという願いが今も息づいています。
 こころみ学園の園生の仕事の1つにぶどう園での外作業があります。これは、ワイン造りにつながる仕事です。年に1 度開催される収穫祭には1万5千人近くの人が訪れます。日常の外作業の様子も、来客者は間近に見ることができます。
こころみ学園の最大の特徴の1つは、一般の来客者が自由に学園の敷地内を来訪できるつくりになっていることです。
日常的に地域に開かれたつくり、仕事をしている園生の姿は、そのままこころみ学園の誇りとなっています。
 園生が高齢者となった現在、創始者である川田昇先生がつくった「こころみ学園らしさ」をどう継承していくのか。その計画策定においては、「これまでどおり」園生がみんなで働き、食事をし、一緒に眠る生活を続けていくことと、そして、「これまでよりも」介護・支援を必要とする園生が活動する場、そして支援していく職員の拠点づくりが求められました。
これからの園生の「働くこと・人の役に立つ喜び」を捉え直し、新しい働く場・生活の場を作り出すことが、「こころみ学園施設整備計画」のコンセプトとなりました。
 建替計画にあたっては、①家庭的で温かみのある施設②園生や職員がともに暮らしながら役割や仕事を持つこと、といった、開設当初からの理念を引き継ぎ、こころみ学園の未来にむけた姿勢を表現するものでありたいと考えました。

屋外作業の拠点となる「ひろば」
作業のスタート,昼休憩の場所となる
収穫祭に向かう来園者と新しい日中活動棟 ぶどう畑と収穫祭の様子

 

働くこと・人の役に立つこと

こころみ学園をつくった川田昇先生は、著書の中で次のように語っています。

「例えば、農家の年寄りが(全く若い者はしょうがないな)と言いながら、枝打ちをしたり、草を刈ったり、作物の簡単な手入れをする。また仕事から戻ってくると、早く風呂に入って一杯やるというような生活は、施設の中でもできると思うのです。」

 ゆう建築設計では、障害者の方の生活をより深く知るため、体験入所を行います。
こころみ学園においても計画前に複数名の所員で、泊まり込みで彼らの生活を見ました。
そこでは、園生や支援員が相互に助け合い、一緒に生活している様が見て取れました。
誰が園生で誰が支援員なのかわからないほど、みんなが全力で自分の仕事に向き合っています。ちょっと休んでいる人にも叱咤激励しています。みんなが働くこと・人の役に立つことを願い、誇りをもって生活をしています。
 ここでは、若い人も高齢の人も皆が「家族」として生活しているのでした。

これを継続するにはどういう建築が必要か。特に日中に屋内で過ごすことが多くなった高齢園生の居場所は何か。そのヒントは先に挙げた川田先生の言葉でした。

建替え前の管理棟.ころみ学園のスタートとなった 体験入所中のやまのこ棟食堂の様子


高齢になっても、ともに暮らし、ともに働く環境をつくる

 こころみ学園は、平均38 ~ 42 度の斜面のぶどう園の麓に、地形に沿った形で建物が配置されており、建物と自然環境全てが園生の生活空間となっています。
 高齢となった園生たちがこれからもともに暮らし、ともに働ける環境を考え、次の計画を行いました。

 

1.日中活動棟の新設
これまでの外作業の中でも、軽めの作業を行う拠点をつくる。

2.入所棟「たんぽぽ棟」の建替
耐震・防災設備を充実させ、高齢となっても生きがいを感じられる居場所をつくる。

3.グループホーム棟の建替
老朽化したグループホームを建替え、高齢者対応の住まいとする。

4.管理棟建替
事務処理機能の拡充と、専門性を求められるこれからの支援に対して、職員相互が情報共有できる拠点をつくる。

 

日中活動棟 ー新しい「屋外作業」ー

 外作業は主に、急斜面での力仕事が中心ですが、日中活動棟では、自分たちの育てた原木しいたけをパッキングする作業や、切り出した薪をそろえ束ねる作業が行われます。
 高齢化により、危険が伴う急斜面での作業が難しくなった園生も、ここで作業につくことができます。園生が屋外作業をおこなってきた「ひろば」を中心に、こころみ学園と来園者をつなぐ場所となるように計画しました。

日中活動棟外観 失敗した場合のケアができる
トイレ・シャワーを備えている

 

原木しいたけの加工・梱包作業を行う作業室1 休憩のできる小さな土間空間
外作業の合間に暖をとれる薪ストーブ
出荷用の薪を束ねる作業を行う作業室2

 

高齢・行動障害のある園生がともに暮らす環境をつくる

 建替を行う入所棟「新たんぽぽ棟」の計画を考えるにあたり、既存の入所棟の持つ機能を、職員と共に整理しました。
 こころみ学園には「ぶどう学舎」、「たんぽぽ棟」、「やまのこ棟」という3 つの入所棟があります。ぶどう学舎は外作業を行う男性園生、たんぽぽ棟は洗濯など屋内作業を行う女性園生が住んでいます。身体的にはある程度自立していますが、高齢化が進んでいる状況です。そして身体機能が衰えてしまい、安全のため屋内で過ごす時間の増えた園生が、「やまのこ棟」に住んでいます。
 この3つの入所棟は渡り廊下(スロープ)でつながっていました。「新たんぽぽ棟」計画では、今後増えていくであろう高齢者や、介護度の高い人たちでも、屋内での仕事ならできること、そして「これまで通り」、全員で食事をとり、毎日入浴できることが計画の前提です。
そこで「たんぽぽ棟」は、既存のやまのこ棟の床レベルに合わせ、増築という形をとりました。つまり、やまのこ棟1 階の食堂と同一フロアに「リビング」を、2 階の居室フロアに「寝室」を計画しました。
 そして、たんぽぽ棟に住まう園生の重要な仕事である「洗濯作業」を、「リビング」を中心に行えるような計画となりました。

 

たんぽぽ棟の「リビング」

 これまで、洗濯物を持って旧たんぽぽ棟の階段を使って屋上へあがり、洗濯物を干していました。洗濯担当の園生たちの高齢化に伴い、より安全に(階段を使わず)洗濯物を干せるようにすることが、今回のリビングの目的の一つでもあります。
 やまのこ棟と連続することで、新たにリビングと連続する屋外スペース「物干しテラス」が生まれます。また、椎茸の駒打ち、ハンガーのリサイクル作業の一部などの軽作業が、屋内でできるようにもなります。
 また同時にリビングに隣接して、介助が可能なトイレや、通常の浴槽に加えて、介護浴槽も備えた浴室も計画しています。
 スムーズに入浴できる浴室・脱衣室を隣接させ、毎日入浴できるように計画しています。

たんぽぽ棟 1階リビングの完成イメージ。やまのこ棟の食堂・物干テラスとつながり、屋内ですごす園生が、仲間といつまでも一緒にいられる場

「これまでよりも」 介護・支援を必要とする園生のために

 車椅子利用をしている「介助組」や、個室をもつことで落ち着きが取り戻せる園生を対象に、新たんぽぽ棟の寝室を全て個室とする計画にしました。(これまでは2 人以上の多床室だけでした)。一部の部屋にはポータブル水洗トイレも備えられるようにしています。
 寝室フロアは、既存のやまのこ棟の寝室フロアと連続し、夜間の支援の連携を促す計画となっています。たんぽぽ棟建替に先立って、ぶどう学舎において、寝室の個室・準個室化改修をおこなっています。壁や建具のつくりを、部屋ごとに職員と共に考えました。ここでの実践が、たんぽぽ棟の居室づくりにも反映されています。
 また、たんぽぽ棟は敷地の高低差を利用し地階を計画しています。ここには倉庫の他、保健室を配置し、これまでよりもスムーズに看護師につなげられるようにしてあり、医療ケアが必要な園生や、外作業での怪我のケアなどの拠点にします。保健室は車寄せと隣接させ、通院などの対応もしやすくしています。
 「歳をとっても人の役に立つことが、園生にとってよろこびとなる」そんな園生たちを支援していく建築になればと願っています。 

たんぽぽ棟外観イメージ  敷地の高低差を活かし3フロア構成となっている