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障害者
利用者の落書きを許容できる壁の検討
きっかけ
重度知的障害者の入所支援施設の新築計画をしています。新築後に移動が予定されている利用者の生活の様子を観せてもらうと、そこには壁に身を預けている人や、壁を背にすることで安心してくつろぐ人たちがいました。
壁面は、身体や物の接触が多い部分が汚れていたり、利用者の落書きがそのままになっていたり、職員が消そうとした跡が点在していましたが、なかには額縁に飾ってもいいような面白い絵もありました。別の場所では、利用者が製作した装飾品やステッカーのアートを壁にきれいに飾られているのをみて、ほっこりすることもありました。
本来、どこでも落書きをすることは好ましい事ではありません。しかし支援員とのやり取りの中で別の視点が生まれました。それは黒板のようにあえて絵を描いたりシールを貼ることができる壁を用意すること、つまり利用者の動機を我慢させずに叶える部分を用意するという事でした。また、そこで作業をすることにより、職員や利用者間の共同作業が生まれるそうです。
壁は重要な支援ツールの一部であるとともに、汚れにくく掃除しやすく、落書きを許容できる壁が必要と考え、いくつかの方法を検討することにしました。
許容できる壁とは
障害者施設での落書きや汚れに困らない壁として、はじめはホワイトボードシートの壁を検討しましたが、引っかかる部分がありました。ホワイトボードシートは様々なデザインのものがありますが、広い面積で使用する場合コストが高くつくことに加え、光沢が強く光を反射するため、空間から浮いた存在になること、そしてそこに描かれた絵はいつか消す前提なので、利用者の作品を残せないことが切ない気がしたのです。
また、壁に直接絵を描くことを是とした場合、場所の区別がつかない利用者が、どこでも落書きをしてしまうリスクが拭いきれませんでした。そこで、直接絵を描くことを許容しつつ様々な支援を展開できるよう、汚れや落書きを落としやすく、さらに利用者や支援者に心理的な安心感をもたらす穏やかな壁を検討することとなりました。
試験の内容
そこで、壁に紙を貼ったうえで絵を描くことを想定し、はみ出して汚れた場合でも容易に掃除ができる壁仕上げを4種類ピックアップして比較しました
≪試験した材料≫【 1,090円/㎡=コスト1(概算)】※コストは製品差あり
1.塗装 (エマルションペイント,3分艶)・・(コスト1.25)
2.クロス(表面強化) ・・・・(コスト1)
3.塩ビシート(凹凸表面) ・・・・(コスト5)
(表面平滑) ・・・・(コスト10)
<参考>ホワイトボードシート ・・・・(コスト10)

試験には醬油,鉛筆,クレパス,水性マーカー,口紅を使用しました。これらを各材料に塗布したのち、しばらく置いたうえで、水とリビング用洗剤(弱アルカリ性)でふき取ってみました。それで落ちないものは歯ブラシで磨きながら拭き取りました。それでも少し残った汚れは、クレンジングオイルを用いて同様の方法で磨いてみました。

試験の結果

写真:試験後の仕上げ材の様子

表:各仕上げ材の清掃性(水,リビング用洗剤,クレンジングオイル)
各材料ごとのちがい
1-塗装(色彩・表現が自由)
醬油や鉛筆、クレヨンに対する清掃性が高く発揮されました。一方で、水性マーカーや口紅は洗剤で完全に落とし切れませんでした。
一般的に、塗装壁でよく用いられているエマルションペイントは水性塗料で、ラッカー系と比較すると顔料や染料と結びつきやすい性質があります。
更に、洗浄能力の高いリビング用洗剤で繰り返しふき取りを行った場合、塗装表面が若干べたつくように変質してしまうこともわかりました。
そして、リビング用洗剤で落ちない汚れに対して洗浄能力が更に強いクレンジングオイルを使用した場合では、変質が特に顕著でした。50%程度希釈した場合でも若干の変質が生じたので、汚れを落としきろうとするほど表面を傷めてしまうようです。

画像:クレンジングオイル使用後の塗装表面
(上部:50%希釈,下部:希釈なし)
2-表面強化クロス(安価・表現の種類が豊富)
醬油や鉛筆、水性マーカーに対して非常に高い清掃能力を発揮しました。一方で、クレパスや口紅は洗剤で落としきれませんでした。のちにクレンジングオイルで清掃したところ、塗装壁で生じた表面の変質は確認されず、口紅は落ちましたが、クレパスは完全には消えませんでした。
目視で確認したところ表面に微細な孔が点在しており、そこに入り込んでいるようでした。
3-塩ビフィルム(意匠と清掃性の両立)
リビング用洗剤を用いた際の清掃性はいずれも汚れが落ちにくい結果となりましたが、クレンジングオイルを用いた際に差が出ました。凹凸表面と平滑表面では、やはり平滑平面のほうが有利でした。
参考-ホワイトボードシート(高い清掃性)
すべての汚れに対して、強い清掃性を発揮しました。水をしみこませたペーパータオルでふき取るだけで汚れがほとんど目立たなくなりました。表面の平滑さと、汚れの浸透しにくさが影響しているようです。
実際に使用した場合の金額例
【 高さ2.5m,長さ4mの壁一面の場合】※今回使用の材料金額、工事費別
1.塗装 (エマルションペイント,3分艶)・・(約14,000円)
2.クロス(表面強化) ・・・・(約11,000円)
3.塩ビシート(凹凸表面) ・・・・(約55,000円)
(表面平滑) ・・・・(約109,000円)
<参考>ホワイトボードシート ・・・・(約109,000円)
結論
以上の結果から、利用者の表現を許容できる壁にするには、1.汚れの浸透しにくさ、2.表面の平滑さ、3.薬品への強さが重要で、これらはコストとある程度比例していることを改めて確認しました。この3つの条件がそろっていれば、材料の種類やコストにかかわらず高い清掃性を確保でき、逆にこれらがそろっていないと高い材料でも汚れや落書きに気を遣うことになります。
今回取り上げたこれらは一長一短ありますが、洗剤を使って“落としきる”という点では塩ビシートやホワイトボードシートが勝っていました。
しかしながら使用する画材や清掃方法をとり決めたうえでは、塗装壁も選択肢にのこせるものと考えます。
材料と使われ方とのミスマッチを防止するためには、計画段階で場所ごとに想定される利用状況に合わせた使い分けを、利用者像を含めて検討することが極めて重要です。

