作品紹介Works

知的障害

菜の花ホーム カフェ・ショップ花鈴

今年の5月、京都府与謝野町の岩滝という町に重い障害を持った方が安心して暮らすためのホームが完成しました。ここでは9名の方が新しい環境の中で新たな人間関係を築いてゆきます。できるだけ静かな日常を送ることができるように4名と5名の2つの生活ゾーンに分けています。また、ホームとは緩やかに仕切られた空間にショートステイが2名分確保されました。

そしてこのホームの隣には特産のちりめんをはじめとした着物のリサイクルショップが同時に建てられました。ショップにはカフェと着物のハギレを使った小物づくりを行う工房が併設されて、だれでも利用することが出来ます。この「カフェ・ショップ 花鈴」は地域の交流の場としての役割の他に、障害のある方の働く場でもあります。ホームと町の距離を近づける新たな試みです。

地域の中に建てるということ 風景を創る建物の責任

建設地である岩滝は北西の鼓ヶ岳と南東の阿蘇海に囲まれた場所に位置しており、その集落は阿蘇海を中心に同心円状に成立しています。伝統的な商家や縮緬工場を併設した民家が残り、シックで落ち着いた町並です。建物の敷地はそんな住宅街の角地にあります。新築するグループホームも町のつくりに倣って南東の阿蘇海へ開くように配置しています。既成の町に新たに混ざる建物のわきまえとして、建物の配置・規模には大変気を使いました。特にホームで暮らす方々が地域での生活を始めるうえで、建物のあり方が障壁となることのないように、そして街の風景の一端を担うものであるということを念頭に置いています。一般的な住宅と比べて床面積は大ぶりですが、ボリュームが長大となることを避けて棟を3つに分節し、それぞれが小住宅のサイズとしています。角地に建つ地域交流棟は、グループホームの付属棟という考えではなく地域の集会所的な扱いとして外観も形状もあえてホームから切離して計画しました。屋根の形状をホームは切妻式、地域交流棟の屋根は大きな片流れと切妻の混合として変えているのも、「生活の場」と「公共の場」をわかりやすく区別するためです。屋根の色は福祉会のスタッフと共に岩滝の町並が一望できる高台の墓地から敷地を臨み、この場所にふさわしい建物の姿は何だろうかということをその場で話合いを行って決まりました。

「日常」の中のホーム -地域とのちょうどよい距離-

地域交流棟の間には柵の無い通路を設けて半分公の道に仕立てています。この道を“なかみち”と名付けました。2つの町道と“なかみち”を人々が違和感なく自由に行き交いすることで建物が徐々に町に取り込まれてゆくのです。
 ホームの個室とリビングは “なかみち“に面しています。個室は木製の柵や樹木でさりげなく視界を遮り、リビングはもう少しオープンにひらいています。“なかみち”を往く人々が、部屋から漏れてくる明かりや人の動きからホームの日常を感じることが出来る仕掛けで、地域とホームの距離が縮まってゆくことを狙っています。 それには地域交流棟も大きな役割を担っています。カフェ・ショップ・工房の3つのゾーンは緩やかにつながっており多様な催しにも使うことができます。グループホームの住民にとっても周辺の住民にとっても様々な側面でのよりどころとなるのではないでしょうか。よさのうみ福祉会のスタッフからはいろいろな活用のアイデアを聞いています。 ホームと地域の間には“なかみち”と地域交流棟の2つのかけはしがあるのです。

僕の願い・私の夢

このホームで暮らす予定の多くの方が今は自宅で生活をされています。初めて家族から離れた生活を送る人、一人暮らしをしているけれどもホームに移る人もいます。彼・彼女らがグループホームでの暮らしを選択したことには、それぞれの理由があります。工事にかかろうという頃、福祉会から「僕の願い・私の夢」というホームを望む方々の声を集めた用紙を頂きました。そこには障害を持つ方のホームに対するリアルな思いが書き表されていました。「生まれ育った地域で暮らしたい・自分でいろんなことをしてみたい・自分に力をつけたい」という力強い思いや、「おばあさんを介護している母がしんどいと言ったのでホームに入ろうと決めました」「お父さんが毎日ぼくのせわ大変です。ぼくの入れるホームをつくってほしいです」といった家族のことを思いやる気持ちが記されていました。これらを読んだとき建物に課せられた使命の重さを感じ、背筋が伸び、体が震えたことを覚えています。
 「どんなホームにしたいですか?」と設計の打ち合わせを初めて間もない頃、福祉会の方々の回答は『ほっとするホーム』というものでした。正直それを聞いた当時はまだ漠然としていて具体的なイメージが思い浮かんできませんでした。しかし同法人の「夢織りの郷」での日中活動の様子を見せて頂き雑談に近い打合わせを重ねていくと、次第にホームに望まれている根本的なものが見えてくるようになってきました。そして「僕の願い・私の夢」を読んでわたしたちの目指すところがやはり『ほっとするホーム』なんだということがはっきりとしたのです。それはホームでの暮らしに大なり小なり期待と不安を抱えている方が、安心して暮らしたいという共通の願いなのでした。

『ほっとする』を具現化するために 1)少人数で暮らす

このホームでは9名+短期入所2名の方が生活します。ホームの定員9名のところを4人と5人の2つの生活ゾーンに分けた構成としています。グループホームは共同生活ですが4,5名という家族的な単位に分けているのは理由があります。ホームに入居して新しい人間関係を築かなければならない、しかも他に居住の選択の余地が限られた方々にとって誰と生活空間を共にするかというのはとても重要なことです。福祉会では障害特性や性格を考え、できるだけストレスが少ないメンバーの構成を慎重に考えていらっしゃいます。また、なるべく落ち着いた日常を過ごすには、視界に入る人間の数や喧騒を考慮すると9名では少し多すぎるようです。

2)短期入所ユニット

2名の短期入所エリアは、9名の居住者の生活を安定させるためにもホームとは別空間で生活できるようにしています。そのため短期入所専用の玄関やリビングを備えています。ただ利用者の状況によりホームのリビングを共用することもあり、内部での行き来は可能で使い方に応じて腰高の建具で仕切ることもできます。

3)個室

少人数の共同生活といっても、やはり他人同士です。独りではないという心強さももちろんありますが、自分の居場所をきちんと確保できたうえで初めて、他人と暮らすことが許容できるのだと思います。その為には個室のありかたというのは重要です。昼間はほとんど外出していますから、夕方帰ってから朝までの貴重な時間、太陽の動きを感じられるよう、すべてのお部屋の窓を南東~南西向きに配しました。大きなその窓からは十分な光が入ります。床から40cm上げて低い腰窓とすることで心理的な安心感を与えました。各個室のドアは、その前に別の方のお部屋や複数人が滞在するリビングがくることを避けて計画し、個室の独立性を高めています。

4)浴室

「ほっとするホーム」は「自分でやれてうれしい」ホームでもあります。重い身体障害や今後の高齢化を考慮し片方のユニットのお風呂には天井走行リフトを計画しました。シャワーだけなら自分で浴びることができるという方でもリフトがあることで安心して湯船につかることができます。日中活動で行った施設の機械浴でしか入浴ができなかった方が、夜にホームでお風呂に入ることができます。リフトを導入することにより少ない職員でも入浴介助が可能で、そのことは利用者の暮らしやすさに直結します。 また車いすの方でも自宅では座ったまま膝をついて洗い場に入っているということを伺ったので、在来浴室の床でよく使用されるタイルの代わりに膝をついても痛くないクッション性のある塩ビシートを貼ることになりました。水回り用車いすに乗らなくても今までと同じ方法で入浴して頂くことが出来ます。

5)トイレ

トイレは介助を前提したタイプと、自分で全てすることを想定したタイプをつくります。介助型は普段からスタッフさんは見ているのでわかりますが、自立型は人によって方法が違うのと、実際覗いたことがほとんど無いため実物大の模型で検証しました。便器と車いすへの移乗時よりも、下着の上げ下ろしの時になると全員の頭の上に疑問符が浮かんだのはおもしろい気づきでした。それでも過去に一度見た記憶を頼りに使用者の動きを再現してもらい、車いすから一旦立ち上がるための微妙な高さの短い手すりや、体を預けるためのL型の手摺の位置が決まっていきました。

6)床暖房

京都府北部の寒い冬を快適に過ごすために、高断熱とし床暖房設備を導入します。予算の都合上全面というわけにはいきませんでしたが、空調が効きにくい廊下やリビング、浴室、トイレに入れています。ランニングコストと暖かさの質から土壌蓄熱式の床暖房を採用しました。

心地よいホームをめざして

安心して暮らすことのできるホームとはなんでしょうか。人間関係が良好であること、食事がおいしいこと、設備が整っていることはもちろん重要なポイントの一つです。それとは別に建物の責任である心地よい空間とは何だろうと考えるわけです。心地よいと感じる気持ちには障害者も健常者もありません。いま私は自分で生活することをイメージして気持ち良いと思う空間を作ればよいのだという思いに至っています。ここでは設計者しかできないこととして「光」と「風」の効果を取り入れる試みを行っています。外の光は明るさと温度を与え、時間のうつろいを教えてくれます。このホームでは視線の先に窓が来るように計画し、目を楽しませると同時に風の道を確保しています。突き当りが壁になってしまう場所には天窓を設けて柔らかな光溜りを作ります。刻々と変化する光と影によってはっとするような感動的な一瞬がこの建物の中で見つかること、それが私の密かな願いです。

建築主
社会福祉法人 よさのうみ福祉会
所在地
京都府与謝野町
用途
a)共同生活援助(グループホーム)、短期入所事業 b)地域交流スペース
構造
木造
階数
地上1階
延床面積
a)431㎡  b)108㎡
竣工年月
平成28年3月
担当者
河井美希