設計コンセプトConcept

障害者

在宅で暮らす 山本晋輔

はじめに

ここでは、知的障害をもつ方の在宅生活をテーマとしています。
知的障害者の暮らしを考えたとき、住む場所に着目してみると、図1のように在宅生活が7割以上を占め圧倒的に家で暮らす方が多いのが現状です(これは知的障害以外の障害者にも共通しています)。
では知的障害を持つ方は家でどんな風に暮らしているのでしょうか。実は、建築分野で在宅生活を扱った論文は少なく、その内情はほとんど知られていません。しかし、施設の設計を進めるうえでは、できるだけ「施設的」なものから離れて家に近付けたいといった目標・要望が必ずと言っていいほど出てきます。家庭的な雰囲気にしたいという思いだけで言えば、設計する側にもとても共有しやすいですし、それは入所・入居される方にとってもプラスになることでしょう。ですが、上述のように今は情報が何もないと言ってよい状況ですので、それぞれの設計者が家での生活を思い描いて手探りで設計を進めるしかありません。

山本晋輔

図1 知的障害者の生活の場(「生活のしづらさなどに関する調査(全国在宅障害児・者等調査)」厚生労働省 平成23年12月実施)

 こうした背景に問題意識をもち、関東圏のNPO法人様の協力を得て、ひとり暮らしをされている、ある知的障害者の方を紹介していただきました。その方が在宅でどのように住まわれているか、実際に訪問しその様子を見に行きました。障害者の多くが家族と同居されているにも関わらず、ひとり暮らしの方を訪問した理由は、ご本人の特性が顕著に空間に反映されると考えたためです。上の法人様もご本人の意思を尊重された支援を理念とされています。次からは、彼の在宅生活をご紹介していきます。

K氏のこと

 K氏の属性は表1の通りです。40代の男性でひとり暮らしをされています。障害支援区分は5で重度に分類され、知的障害と自閉症があります。他方で、身体面では特に障害はなく、トイレや入浴はひとりですることができますし、キッチンでカップ麺をつくることもあります。外出時には、自分で簡単な買い物をすることもできます。  K氏の一番の特徴は、他人と一緒の空間にいることが非常に苦手だということです。家の中でもそうですし、外出時においてもヘルパーと肩を並べて歩いたり、一緒のバスに乗ることをとても嫌がります。ヘルパーだけではなく家族でさえ同じ空間にいることを負担に感じていたようです。また、もうひとつは、これも人に関わることですが、身体を触れられることを極端に嫌います。K氏に身体介助は必要ないようですが、たとえば、しばらく歯磨きをしていないK氏に対する口腔ケアや、入浴で頭や身体をうまく洗えないときなどに介助ができないところに支援上の課題があるようです。

K氏のある一日のケアプランを表2に示します。制度をフルに活用して、一日のほとんどが連続長時間の見守りが可能な重度訪問サービスで埋めることができています。深夜の2~4時はサービスは無いですがヘルパーは滞在していますし、午後の13時~14時の1時間を除けば常にK氏のそばには誰かがついており、そうした意味でK氏は安心した生活が送れていると言えます。

K氏の現況の住まい

次に、K氏の生活の場ですが、現在は戸建て住宅に賃貸で住まわれています。地域的に集合住宅が割合として多く、物件を探す範囲を広げて町の中心部からかなり外れたところに、やっとこの住宅を見つけたようです。住宅は築40年の木造家屋です。家賃は7万円で生活保護や作業所の賃金、障害年金から支払っています。
どうして戸建て住宅にこだわったのでしょうか。これまでK氏は、何件かアパートを転々としています。その理由は、近隣住民との関係がうまく築けなかったことにあります。夜中に大声を出したり、足踏みをして下の住戸に音を響かせたりすることがありました。そのたびに、近所の事を考えて静かにするようヘルパーが注意していたので、ヘルパーとの関係性も悪化していたようです。戸建て住宅に住み始めて5年になり、今でもパニックになり声を上げたり、家の中を走り回ることもあるようですが、近隣の人からの苦情もなく、ヘルパーとの関係も良好なようです。

今の住宅でも十分に暮らせていますが、建築面での主な課題をあげるならば表のようになります。このうち最大の課題は、Kさんの特徴に関わるKさんと介助者・来客動線の交錯があるという部分です。

家でひとりで過ごすこと

K氏は他人との接触を嫌いますから、家でもひとりで過ごせる空間が欲しいと思っています。そもそも住宅は最もプライベートな場所のはずですが、重度障害者のK氏の在宅生活は、他人と暮らさなければならない矛盾を抱えています。福祉分野の人による支援の問題が解決しても、この空間的な問題は残り続けます。身体障害者であれば、介助サービスの必要性を自分で認識してサービスを利用していますが、K氏のような知的障害者の場合はすべてのサービス内容を自分の意思で決めているわけではなく、他者に危害を加える恐れがある等の理由で周囲の判断も含まれています。それを考慮すると、知的障害者に対しては、プライベートな空間づくりに対してより積極的な支援が必要だと言えます。

福祉だけで解決すべき課題?

K氏の事例だけでもいくつも重要なことがわかりました。すでに述べたように、集合住宅に住んでいたK氏はその環境が原因で近隣住民やヘルパーとの関係が悪化し、それでまたストレスを溜める悪循環に陥っていました。K氏だけではなくヘルパーにも大きな負担があり、支援に労力を必要としていました。戸建て住宅に引っ越してから、環境に起因する問題に気付いたというところもポイントで、いま生活上の、あるいは支援上の課題を抱えている方や法人様にはぜひ環境にも目を向けていただき、ご相談いただければと思います。